ドイツ表現主義|人間の内面性の表現

デッサンと言う礎|デッサンの描き方と基礎

ドイツ表現主義-人間の内面性の表現

芸術って何だ!

■時代
20世紀初頭 1905年

■主な場所
ドイツは、ドレスデン、ベルリン、ミュンヘン
オーストリアは、ウィーン

■主なグループと人物

ドレスデンのグループ『ブリュッケ(橋)』

ミュンヘンのグループ『ブラウエ・ライター(青騎士)』

オーストリアの表現主義

■『ブリュッケ(橋)』の表現主義の画家と特色
1905年にドレスデンで『ブリュッケ(橋)』というグループが結成され、ドイツを中心としたドイツ表現主義が始まる。端的に言えば表現主義は印象主義に対峙する表現で、印象主義が外界の視覚的印象を写し取る表面的な絵画であるのに対して、表現主義は人間の内面性を表現したり、対象の内部に入り込んだ本質を抉るような絵画である。

後期印象主義のゴッホやフォーヴィスム、プリミティブ芸術から多くの影響を受けていて、激しいデフォルメと暗鬱とした色彩を特徴としている。また、表現主義は既成の権威に対して反逆的な精神を持った芸術活動でもある。

『ブリュッケ(橋)』は、絵画以外に版画、木彫り、ポスターなどの表現方法を使って、さまざまなテーマを表現した。ドイツ表現主義はフォーヴィスム的な色調やデフォルメが観られるものの、ドイツ表現主義の社会批判をテーマにしたデフォルメや色調は、色彩による絵画の統一的原理を追求したフォービスムとは違う側面がある。

エルンスト・ルートヴィッヒ・キルヒナー(Ernst Ludwig Kirchner,1880年5月6日-1938年6月15日) キルヒナー「街」1913年

反社会的な画風を好み、盛り場や娼婦を好んで描いた。

[右図:「街」, 1913年, 複製商品-amazon.co.jp]


エーリッヒ・ヘッケル(Erick Heckel,1883年-1970年) エーリッヒ・ヘッケル「ガラスの日」1913年

風景を題材にした作品を多く残している。独学で学んだ絵画は非常に個性的である。

[右図:「ガラスの日」, 1913年, 複製商品-amazon.co.jp]


■『ブラウエ・ライター(青騎士)』の表現主義の画家と特色
1909年にミュンヘンでカンディンスキーを中心とした『新芸術家同盟』が結成されるが、そのグループは2年後に『ブラウエ・ライター(青騎士)』が誕生する出発点となる。

彼らは内的生命と内的必然性のある作品の制作を主張していて、キュビスムやオルフィスムなどからも影響を受けて発展した。また、絵画のみならず、音楽、文学、建築などの既成概念を打破する新しい表現様式を打ち立てようと、前衛的な芸術活動を展開した。

ワシリー・カンディンスキー(Wassily Kandinsky,1866年12月4日-1944年12月13日) ワシリー・カンディンスキー,Fugue,1914年

カンディンスキーの表現主義的な抽象絵画が誕生する変遷を垣間見ることができる。この時代の彼の連作は、非常に実験的であり、劇的な作業が行われている。

[右図:Fugue, 1914年, 複製商品-amazon.co.jp]


フランツ・マルク(Franz Marc,1880年2月8日-1916年3月4日) フランツ・マルク,Two Cats,1912年

マルクは、人間よりも動物を好んで描いた。動物の美しく神秘的な生命を題材にした。その後、彼の絵画はキュビスムや未来派などの影響を受け、抽象絵画へと展開する。

[右図:Two Cats, 1912年, 複製商品-amazon.co.jp]


アウグスト・マッケ(August Macke,1887年1月3日-1914年9月26日) アウグスト・マッケ,木の下の少女たち,1914年

マッケの絵画は、対象を単純化し象徴化するような形と色彩が響きあう色遣いで、フォーヴィスムを想起させる独自の表現である。

[右図:木の下の少女たち, 1914年, 複製商品-amazon.co.jp]


■オーストリアの表現主義の画家と特色
19世紀後半よりオーストリアの芸術の中心地のウィーンではグスタフ・クリムトを代表としたウィーン分離派がアカデミズムに対抗した個性的な表現を目指していた。ドイツ表現主義の波がオーストリアに届いたころはエゴン・シーレやオスカー・ココシュカがウィーン分離派の環境とクリムトの影響を受けていて、表現主義的絵画を制作していた。

オーストリアではドイツの様な芸術運動に発展することはなく、両者はドイツで表現主義の活動へ参加をしている。エゴン・シーレは1911年にクレーがいるミュンヘンの芸術家集団『ゼマ』に参加し、オスカー・ココシュカはベルリンの芸術運動の雑誌『嵐』に編集協力者として参加した。

エゴン・シーレ(Egon Schiele,1890年6月12日-1918年10月31日) エゴン・シーレ,The Artist's Wife,1917年

エゴン・シーレの独特な色彩やデフォルメは不安や嫌悪、性的な感情などをさまざまに表現する。

[右図:The Artist's Wife , 1917年, 複製商品-amazon.co.jp]


オスカー・ココシュカ(Oskar Kokoschka,1886年3月1日-1980年2月22日)オスカー・ココシュカ「自画像」1917年

オスカー・ココシュカのうねった筆致や強烈な色彩は、さまざまな感情を感じさせる表現方法であった。

[右図:「自画像」, 1917年, 複製商品-amazon.co.jp]


■絵画様式のその後
『ブリュッケ(橋)』は表現主義がドイツの美術様式を活性化し、各芸術家の表現が独自のものへと変化していき、1913年に解散する。

『ブラウエ・ライター(青騎士)』は表現主義的理念を保持しつつ、キュビスム、オルフィスム、未来派などの影響を受け、抽象芸術へ展開していく。特にカンディンスキーが抽象的な表現主義に達し、抽象芸術の開拓者であることは有名。フランツ・マルクやパウル・クレーも抽象絵画へと絵画様式を展開させていく。

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