未来派|機械文明の賛美

デッサンと言う礎|デッサンの描き方と基礎

未来派-機械文明の賛美

芸術って何だ!

■時代
20世紀初頭 1909年、詩人フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティによって起草された「未来主義創立宣言」より始まる。

■主な場所
イタリア

■主な人物

■絵画の特色と様式
フィリッポ・トンマーゾ・マリネッティの未来派宣言は、既存の社会や芸術を打破し、新しく訪れる機械文明や産業社会を賛美するものだった。

マリネッティは芸術に必要なのは、機械、速度、運動、力などをモチーフにしてダイナミズムを表現するべきだという主張であった。『…機銃掃射をも圧倒するかのように咆哮する自動車は、《サモトラケのニケ》よりも美しい。…』(未来主義創立宣言(1909年)より引用)という言葉は有名で、汽船、機関車、飛行機を称えた。また、工場や労働、近代的エネルギーを称え、戦争、ファシズムの政治運動に賛同し、女性を軽蔑した過激な思想だった。これに賛同したイタリア人画家5人の男性は未来派グループを結成した。

■画家と特色

ウンベルト・ボッチョーニ (Umberto Boccioni; 1882-1916)ウンベルト・ボッチョーニ「Simultaneous vision. 」1912年

対象の動きや速度、時間を表現するために、キュビスムの手法を取り入れ、解体と分析、再構成が行われる。

[右図:「Simultaneous vision. 」, 1912年, 複製商品-amazon.co.jp]


カルロ・カッラ(Carlo Carra; 1881-1966)

『参戦宣言, 1914年』という作品では、同心円と放射状の線で構成され、参戦を促すような軍国主義的メッセージが盛り込まれている。参戦の時を告げるサイレン音HUHUHUとか、TRrrrr、traaakなどの文字が音を想起させる。
彼は1916年ころキリコの影響で形而上絵画へ移行する。


ルイジ・ルッソロ (Luigi Russolo; 1885-1947)

独学だった絵画は、運動、時間、空間、光、ダイナミズムを総合的に表現している。
親から教育を受けていた音楽の知識を活かし、1913年には『雑音芸術・未来派宣言』を出し、都会の雑音や機械音などで構成された音楽を演奏した。


ジャコモ・バッラ (Giacomo Balla; 1871-1958)Giacomo Balla. La modernit futurista, ペーパーバック

彼の『街灯, 1909年』という作品では街灯の光と三日月が描かれている。それは、技術革新によって都会の街灯の光が自然の感傷的な月を攻撃している様子を描いているらしい。
機械文明、産業社会、技術革新が自然と寄り添うことではないことをも暗示させる。

[右図:Giacomo Balla. La modernit futurista, ペーパーバック - amazon.co.jp]


ジーノ・セヴェリーニ (Gino Severini; 1883-1966)ジーノ・セヴェリーニ,白い食器のある静物,1916年

セヴェリーニの絵画はキュビスムやオルフィスムの展開を敏感に取り入れている。形態や色彩は彼独自のものへ展開された。

[右図:白い食器のある静物, 1916年, 複製商品-amazon.co.jp]


■絵画様式のその後
未来派のテーマに基づいたキュビズムを応用する表現は目覚ましいものだった。しかし、未来派の思想はファシズム政治と戦争を推奨し加担していく過激な面があり、第一次世界大戦とともに終息していき、大戦以降は縮小された活動が行われた。第一次世界大戦中にダダへ多くの未来派の遺産が受け継がれた。

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