デッサンと言う礎

フォーヴィスム-野獣派

芸術って何だ!|デッサンと言う礎

フォーヴィスム-野獣派-色彩の統一的原理

■時代

20世紀初頭

■主な場所

フランス、パリ

■主な人物

  • アンリ・マティス(Henri Matisse; 1869年-1954年)[3番目の図]
  • アンドレ・ドラン(André Derain; 1880年-1954年)
  • モーリス・ド・ヴラマンク(Maurice de Vlaminck; 1876年-1958年)[1番目の図]
  • ラウル・デュフィ(Raoul Dufy; 1877年-1953年)[2番目の図]
  • ジョルジュ・ルオー(Georges Rouault; 1871年-1958年)

■絵画の特色と様式

フォーヴィスムは1905年10月、パリの第三回サロン・ドートンヌの一室にてはじまる。その一室にはアンリ・マティス、モーリス・ド・ヴラマンク、アンドレ・ドラン、アルベール・マルケ、アンリ=シャルル・マンギャンなどの絵画が並べられていた。
当時、理解し難い激しい鮮烈な色彩表現は、批評家から嘲笑の意味を込めて「フォーブ=野獣」と呼ばれた。 この20世紀のあたらしい統一原理であった色彩表現は、当時すぐに受け入れられるものではなかったようだ。

フォーヴィスムの特徴は、色彩が本来持っている表現力を極度に追究し解き放たそうという美学で、色彩それ自体の開放の革命であった。固有色や再現的な色彩をやめ、写実的役割から直接感覚に訴える色彩を表現手段とする。
フォーヴィスムの色彩表現の背景には、新印象主義の色彩理論やゴッホの内的生命を表現する色彩表現、ゴーギャンからナビ派へいたる色彩の装飾性の影響が大きいと考えられる。
画面にある人物や静物は色彩表現や装飾のためにあり、絵画が統一するためには、人物や静物の固有色は無視され、描かなければいけない色彩を描く。赤なら赤の特質を表現するために、デフォルメを施し、マチエールが生まれる。それらはすべて、画家自身が持っている統一原理のもとに働き、芸術的絵画が誕生する。統一的原理をもつフォーヴィスムの絵画は見るものに説得力を持って迫ってくる。

■画家と特色

フォーヴィスムの画家は数多くいたが、作品を見ればわかるように画家それぞれが独自の法則性である統一的原理を持って制作していた。そこには特別な約束事はなかったと考えられている。
同時期に、それぞれの画家が「色彩の統一的原理、或いは色彩を利用した独自の一定の秩序を持つ統一的原理」を探求したものと考えられる。

■フォーヴィスム画家は大きく3つのグループがある

第一グループはギュスターブ・モローの弟子、アンリ・マティス(1869-1954)、アルベール・マルケ(1875-1947)、ジョルジュ・ルオー(1871-1958)、アンリ=シャルル・マンギャン(1874-1943)等である。

アンリ・マティス「コリウールの開いた窓」1905年
[上図:アンリ・マティス,「コリウールの開いた窓」,1905年, 複製商品-amazon.co.jp]

第二グループは、セーヌ河のほとりのシャトゥーのアトリエで制作していた、モーリス・ド・ヴラマンク(1876-1958)、アンドレ・ドラン(1880-1954)の友人2人。

モーリス・ド・ヴラマンク「運河船」1906年
[上図:モーリス・ド・ヴラマンク, 「運河船」,1906年 , 複製商品-amazon.co.jp]

第三グループは、ル・アーヴルから来た、オットン・フリエス(1879-1949)、ラウル・デュフィ(1877-1953)、ジョルジュ・ブラック(1882-1963)の3人。

ラウル・デュフィ「ヴァイオリンのある静物:バッハへのオマージュ」1952年
[上図:ラウル・デュフィ,「ヴァイオリンのある静物:バッハへのオマージュ」,1952年 , 複製商品-amazon.co.jp]

■絵画様式のその後

多くの画家が色彩による統一的原理を探究し明確にしたことは、画面の2次元性の可能性を押し広げました。絵に描かれるモチーフは色彩を見せるために利用され、色彩がモチーフから離れることを容易にし、装飾性、表現性は抽象絵画へ影響していきました。

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