デッサンと言う礎 デッサンと言う礎

絵画空間と遠近法

絵画空間は意識しなくともデッサンや絵画を描いていくうちに自然と発生するものです。この絵画空間の発生原理と遠近法を意識して、デッサンや絵画制作でできることを見つけてみたいと思います。

絵画空間と絵画の要素

絵画的な空間は奥行きを知覚させるさまざまな要素が複合化されています。それらの要素を分析して絵画空間を形成させる要素と原理を発見しましょう。

絵画空間の要素を分析する

絵画は平面(二次元)に空間の奥行き(三次元)を鑑賞者に感じさせることができます。

空間を感じさせる方法はさまざまにありますが、画用紙へ点を描くだけでもそこには空間が広がります。点だけでなく線や面、あるいは色彩などの要素が加われば、絵画は複雑な空間を生み出します。

統一的な絵画空間を実現させる具体的な手法としてはルネサンスに理論化された透視図法(線遠近法)を思い浮かびます。現実世界を想起させる透視図法を駆使すれば、平面に奥行きを感じさせる世界が表現できます。

しかし透視図法がすべての絵画で利用されるものではありません。透視図法は2次元に3次元の世界を再現する絵画空間の目的に適った遠近法で、多くある絵画の要素の一つにすぎません。

このような絵画の要素である透視図法や明暗法、大小関係、図と地など、あらゆる要素の関係が独自の絵画空間を誕生させていきます。これらの絵画空間を構成する要素は絵画を分析することで理解することができます。

例えば現代の展覧会などで多く見られる絵画空間は、具象的な絵画と抽象的な絵画に大きく分けて見ることができます。2つの絵画空間の大きな違いは、具象的な絵画は奥行きがあり、それに対して抽象的な絵画は奥行きがないことです。

逆の視点から見れば奥行きがなければ抽象的になり、奥行きが感じられれば具象的な傾向になるとも考えられます。

しかし以上のように絵画空間を簡単に括ることはできません。抽象絵画でも奥行きがある抒情的な絵画がありますし、具体的なものが描かれた平面的でイラストのような具象絵画もあります。

現代絵画を細分化すれば、ある程度の絵画空間の傾向を見ることはできますが、絵画空間の形態はさまざまで一つ一つの絵画に独自の要素とその関係性があることを理解しなければならないと思います。

デッサンで表現する絵画空間

通常絵画を鑑賞する際において、絵画空間を構築させる要素として色彩による空間処理を無視することはできません。

しかし、明度によるコントラスト(明暗)を無視して、それらを構築することは困難です。

鑑賞者は絵画を見るとき初期段階として点、線、面(図と地)、エッジ(縁)、コントラスト(明暗)などを単純なパターンとして認識します。

その後、これらの認識された要素は絵画上の脈絡の中に置かれ、動きや膨らみが整理されるとともに、色彩が加わり絵画全体が認知されると考えられています。

ここから読み取れることは色彩による表現描写を効果的にするためには、点、線、面(図と地)、エッジ(縁)、コントラスト(明暗)などをしっかり設定し構築できることが前提と考えることができます。

特にコントラスト(明暗)は色彩を考える以前に、しっかり設定する必要があります。

例えば古典絵画では、先に明暗法によって絵画空間を構築して、後に色彩を加えて制作する場合があります。

この場合、絵画空間を構造的に強く支えるために、色彩よりも明暗の方が重要な役割を担っています。

これらのことを考慮すると、デッサンで黒と白によるシンプルな描画材によって絵画空間を構築できることは、絵画制作のうえではとても有利にはたらきます。

デッサンによって理解した絵画空間の表現や手法は、その後に加わる色彩による絵画空間の構築を効果的で豊かなものにします。

生理学的な要因による奥行きの知覚

私たちの脳は、眼球から送られてくる4つの情報をもとにして複合的に距離や奥行き、遠近の程度を計算していると考えられています。その4つは「両眼視差」「輻輳角」「水晶体の厚みの調節」「運動視差」です。「両眼視差」「輻輳角」は両眼で得られる情報で、「水晶体の厚みの調節」「運動視差」は単眼で得られる情報です。

両眼視差

人間の眼は左右に離れているので、右の眼と左の眼では見ている像は異なり、網膜に映る像も違います。この両眼の網膜像のずれを両眼視差と呼びます。

この異なる右と左の眼の網膜像を融合させて1つの像として見るためには、両眼の網膜像を一致させる必要があります。

網膜像を一致させる距離は近いものを見る程大きくなりますが、この両眼の視差から距離の情報を得て脳は奥行きを知覚します。

輻輳角

左右に離れている眼が1つの対象を見るためには、左右それぞれの眼を内側へ回転させる必要があり、下図のように対象が近くであるほど内側へ回転する角度が大きくなります。

この目の回転を輻輳(ふくそう)と呼び、回転させる角度を輻輳角と呼びます。この輻輳角の角度がどれくらいかによって脳は対象への距離を知覚します。

輻輳角と水晶体の厚み
輻輳角と水晶体の厚み

水晶体の厚みの調節

人間の眼球にある水晶体は、カメラにあるレンズの役割があります。ただ、レンズとは違い水晶体の場合は厚みを変化させて光の屈折率を変えます。

上図のように遠くを見る時に水晶体は薄くなり、近くを見る時に厚くなります。その結果、網膜上に焦点を結ぶことが可能になります。

この水晶体の厚みの変化の情報から脳は奥行きや対象までの距離を知覚します。

運動視差

自分が移動しているときに、視線を合わせた対象よりも手前にあるものは進行方向と逆方向へ移動し、視線を合わせた対象よりも遠くにあるものは同じ方向へ移動します。その速度は視線を合わせた対象から離れるほど大きくなります。

例えば図のように電車が進行する車窓(運動方向)から、景色の一点(黒丸●)を見たときに、そこを起点として近くの景色は進行方向とは逆方向へ退くのに対し、遠くの山並みは同じ方向へついてくるように感じることができます。

脳は、このような移動の方向と速度に関する情報から対象までの距離を知覚しています。

運動視差
運動視差

心理学的な要因による奥行きの知覚

平面に奥行きを感じさせるには、さまざまな方法があり、心理学的な要因が強くはたらきます。これを絵画的な要因、手掛かりとも呼びます。ここでは「対象の重なり」「線遠近法(透視図法)」「大小遠近法(相対的大きさ)」「きめの勾配」「大気遠近法(空気遠近法)」「明暗法(陰影法)」「上下遠近法」を考えてみます。

対象の重なり

対象の重なり(プレグナンツの原理)
対象の重なり(プレグナンツの原理)

図1を見たとき、多くの人は、図2のように四角形が円形の背後に隠れていると思います。

図3のように、一部が欠けていると考えて見ることもできますが、それは少数派で、前面に見える形態が後ろの形態を遮っているように見る方が自然です。

これは、形態や図形を知覚したり記憶する際に、見ている形態を簡潔化された規則的な形態として把握するからだと考えられています。これをプレグナンツの原理と呼びます。

透視図法(線遠近法)

一点透視図法と二点透視図法
一点透視図法と二点透視図法

透視図法では、同じ幅を保ちながら伸びる道路や線路(平行線)は、手前から奥へ向かうに従い、消失点へ収束します。

この透視図法は、視点を一点に固定して描くことで、対象を平面上に理路整然と描くことができます。

透視図法については透視図法の描き方を参考にして下さい。

デューラー作、横たわる女を素描する人
デューラー作『横たわる女を素描する人』

上図の『横たわる女を素描する人』は透視図法でモデルを描いている様子です。

画家は棒の先端に視点を固定して、格子状の枠を通して見たモデルの形を紙に写しています。

枠にある格子と同様に分割された方眼上の線が紙に引かれているので、見たままの状態を格子の枠一つごとに写し取ることができます。

この図で分かるように、画家は固定された単眼の視点でモデルを見ることになります。

そのため透視図法の絵画空間は単眼で見る世界(一点の固定した視点)が描かれています。

その結果、理路整然とした絵画空間が生まれます。

しかし通常、両眼で世界を見ていることを考えれば、線遠近法(透視図法)で描かれた絵画空間は多くの感覚が削ぎ落とされていると考えることもできます。

本来、見る行為に両眼視差や運動視差による生理学的な要素が複雑に絡み合っていることを考慮すれば、透視図法は単なる絵画空間を表現する遠近法の一つにすぎないと考えることができます。

大小遠近法(相対的大きさ)

同じ形態のものが遠くにあれば小さく見え、近くにあれば大きく見えます。

このような相対的な大きさの変化は線遠近法と深く関係します。

ある対象が5メートル前に置かれた場合と、10メートル前に置かれた場合では、10メートル前に置かれたものは5メートル前に置かれた場合よりも1/2の大きさに見えます。

きめの勾配

近くの物はきめ(テクスチュア―)が荒く、遠くの物は細かく見えます。

例えば草原や砂利道などでは、手前の草や砂利は大きく見え、遠くになるにつれて小さく細かくなっていきます。

このように映る像は、草原や砂利道の面の空間的配置に依存する連続した変化で、これをきめの勾配と呼びます。これは相対的な大きさの要因と関係します。

きめの勾配
きめの勾配

大気遠近法(空気遠近法)

大気遠近法で描かれた絵画は、遠くの対象が大気によってゆがめられて、ぼんやり見え、細部が失われて青みがかりソフトになります。

大気遠近法を科学的な視点でみると、大気中の水蒸気や塵などが光を散乱させてこのような現象が起こることが理解できます。短い波長の色が散乱されるので、遠くは青く見える傾向があります。

レオナルド・ダ・ビンチ作『モナ・リザ』
レオナルド・ダ・ビンチ作『モナ・リザ』

レオナルド・ダ・ビンチが描いた『モナ・リザ』では空気遠近法を表現するため、スフマートという技法により、輪郭がぼかされ、空気の層を感じさせています。

また消失遠近法も利用され、遠くのものほど、その細部は明瞭に描かず省略して描かれます。明暗のコントラストは人物と比較すれば背景は弱く描かれていることが分かります。

さらに色彩遠近法の手法によって、人物には暖色系の色が、背景には寒色系の色が使用されて、奥行きのある対比を生み出しています。

ほかにも明暗法線遠近法(透視図法)が『モナ・リザ』の絵画空間から認めることができます。

このように絵画空間は多くの遠近法が複合的に関連して発生していることが分かります。

明暗法(陰影法)

明暗法は、対象の明暗や陰影を描写することで立体感や遠近感を表現する方法です。

現実世界と同様に絵画上で光や明暗、陰影を表現して絵画空間を生み出します。

日本では明暗法や陰影法をキアロスクーロと呼ぶことがあります。キアロスクーロはイタリア語で明暗を意味します。

カラヴァッジオ作『聖ペテロの磔刑』
カラヴァッジオ作『聖ペテロの磔刑』

油彩画での明暗法は、主にグリザイユやカマイユといった単色の技法で描かれていきます。

色彩の要素を排除することで明暗による絵画空間の構築が容易になります。

カラヴァッジオの絵画のような明暗法による光と陰影の演出は写実的絵画の魅力を一層高めました。

上下遠近法

上下遠近法は、近くにある対象は下に、遠くにある対象は上に描かれます。線遠近法で考えると地平線へ向けた視線より高ければ遠く、低ければ近く見えることと同様です。

中国の山水画においては高遠という構図法として同様の形式がとられます。

下図、雪舟作《四季山水図 秋景》では遠くに見える山が画面の上に、中景は中央部に、樹木や大地、建造物は下部に描かれ、上下遠近法が用いられています。尚、中景から遠景にかけて空気遠近法が用いられています。

雪舟作《四季山水図 秋景》
雪舟作《四季山水図 秋景》

宗教絵画の上下法

宗教絵画では三次元の世界を描くのではなく、神様や身分が高いものは大きく画面の上部に、悪魔や身分が低いものは小さく画面の下に描かれる場合があります。

これは上下法といわれ、絵画の内容(宗教的内容)を表現する図法ととらえることができます。

デッサンの描き方と基礎技法-目次

デッサンの画材と道具を学ぶ