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絵画の平面性と平面化

絵画はルネッサンス期以降、陰影法や線遠近法などを駆使することで3次元の世界が再現されました。その後、絵画は平面化されることで絵画表現の可能性を拡げていきます。

絵画の平面性と平面化[YouTube動画]

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絵画の平面性とは

絵画は平面に描かれる

はじめに、絵画の平面性の本質について考えてみます。

通常、絵画は画用紙やキャンバスなどの平面である基底材に描かれています。その基底材の平面性は絵画の最大の特徴です。

しかし、絵画の平面化は単なる基底材の物質的な平面の維持ではなく、絵画が描かれることで変化する絵画空間の平面性を追求することにあります。

古来、絵画は、古代エジプトの壁画のような平面的表現で、社会的、宗教的なメッセージを広める媒体の役割がありました。

ルネッサンス期の絵画では、陰影法や線遠近法などの発明によって3次元の世界をリアルに表現することが可能になり、絵画の価値が更に高められました。

それから写実主義や印象派に至るまで、3次元の世界を再現する絵画表現は人々を魅了していきました。

しかし、絵画は現実世界をリアルに表現するだけでないことに多くのアーティストは気が付きはじめます。

その契機のひとつにはカメラの影響があります。

被写体をリアルに写し撮るカメラの出現によって、単なる写実的な絵画の役割は失われたと多くの人は感じたでしょう。

そして画家は写真のような再現的手法ではない、絵画独自の表現手法を研究するようになります。

その結果、描かれる対象は外界の世界であっても、人間の内面にある感情が表現されたり、対象から抽出した色彩と形態を再構成したりする手法が生み出されていきます。

描かれた絵画は3次元の世界が表現されないので平面的になり、絵画の平面化が促進されていきました。

このような絵画の平面化を促進させたのが後期印象派のセザンヌやゴーギャン、ゴッホです。

その中でも絵画空間における形態と色彩の平面化で重要なのがセザンヌです。次の項目で簡単にセザンヌの絵画について考えてみましょう。

絵画の平面性を理解できるサイト

絵画を平面化する

セザンヌによる絵画の平面化

写実主義や印象派などの具象絵画から、絵画の平面性を強調させる表現方法へ移行させた重要なアーティストがセザンヌです。

”近代絵画の父”あるいは”現代絵画の父”などと呼ばれています。

元来、絵画は社会的事件や宗教的な教義の伝達、神話などの物語の伝承、象徴性を表象する媒体の役割があります。

また個人で楽しむ肖像画、風景画、静物画のように現実世界を再現する媒体としての役割も絵画にはあります。

しかしセザンヌはそれらの役割から絵画を切り離すように、絵画にある色彩や形態、構図といった絵画の要素を研究していきます。

その際、現実世界の対象から色彩や形態が抽出され、それらを再構成するような絵画制作が行われるようになります。

絵画が対象を再現することから、形態や色彩を再構成することへ表現手法が変化していくと、絵画は3次元の世界を表現した奥行きのある絵画空間から、均一な奥行きをもつ平面的な絵画空間へ移行していきます。

セザンヌが描いた絵画の要素

セザンヌのように線遠近法や明暗法を使用せずに絵画を描くには、遠近感や立体感、絵画空間などへ至る絵画の構成手法を問い直す必要があります。

例えば色彩のバルールや形態の相互関係、図と地の関係などが絵画の構成手法のための重要な要素になります。

そして、それらを構成することで表出される構図も重要です。

ポール・セザンヌ『リンゴとオレンジのある静物』1895-1900年,オルセー美術館

ポール・セザンヌ『リンゴとオレンジのある静物』
ポール・セザンヌ『リンゴとオレンジのある静物』

セザンヌはこの絵画で、多視点による観察によって対象にある特徴的な形態を描いています。

描かれた対象は脈絡がなく、さまざまな方向を向いているように見えますが、三角形を組み合わせた構図によって、平面的な絵画空間のバランスは保たれています。

このように多視点などの方法で、対象から形態や色彩を抽出して、再構成することで、絵画を平面化させることが可能になります。

ポール・セザンヌ『大水浴図』1905年,フィラデルフィア美術館

セザンヌ『大水浴図』
ポール・セザンヌ『大水浴図』

上図では、対象を自由にデフォルメして配置しています。その結果、構図に大きな三角形が形成されています。

絵画の図と地に注目すると、人物や木々が図で、その背景は地に見えます。しかし、見方によっては背景が図になる反転現象も確認することができます。

これは、写実的な絵画にみられる錯視的な技法が施されていないので、絵画が平面的になり図と地の反転が起きていると考えられます。

このような図と地の反転現象は、多くの現代絵画で利用されている重要な絵画の要素になります。

絵画の図と地についての詳細は視覚の認知現象と心理学のカテゴリにある[図と地]をご覧ください。

セザンヌの絵画制作の影響

セザンヌは人物や風景、静物などさまざまな対象を描いていますが、対象は色彩や形態を描くための手掛かりにすぎなかったと考えられています。

セザンヌによる形態や色彩を対象から解体する絵画表現のアプローチは、絵画表現の領域を拡げ、キュビスムなどへ受け継がれていきます。

  • キュビスム=対象の形態を解体し再構成する絵画表現

セザンヌ以降の平面的絵画

実験的な絵画を描いたセザンヌ以降の絵画の構成手法は、色彩や形態などの絵画の要素や絵具や基底材におけるマチエールが深く関わることになります。

そして現実世界にあるモチーフが絵画画面から消失していくと、絵画の要素が自律して抽象的な絵画が描かれるようになります。

平面化された絵画の奥行き

次に実際の絵画がどのように平面化されているか確認してみましょう。

絵画が平面的であるかどうかは絵画の奥行き(絵画空間)がポイントです。

平面的な絵画は、フラットで奥行きを感じない画面から、平面的でありながら一定の奥行きを感じさせる画面までさまざまにあります。

3次元的な絵画空間

はじめに、平面化された絵画を理解するために、写実的に描かれた3次元的な絵画空間を理解しておきましょう。

レオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』1495-1498
レオナルド・ダ・ヴィンチ『最後の晩餐』1495-1498

上の絵画はルネッサンス期に活躍したレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』で、明暗法や線遠近法、空気遠近法などが駆使されて描かれています。

中央に描かれたキリストの背後には風景を覗き見ることができ、無限の奥行き、空間を感じることができます。

このような絵画を見ると2次元の平面に3次元の世界をリアルに表現することが、あたかも絵画の本質、役割のように受け止めてしまいがちです。

下図は、『最後の晩餐』の絵画空間の構造を単純化したものです。

図の点線は一点透視図法を表していて、消失点へ向かう途中にある4角形は、点線に沿って前後に奥行きを調節できることを表しています。

四角形を『最後の晩餐』で例えると、奥にある壁になります。

このような3次元的な奥行きを感じさせる絵画空間は、平面的な絵画空間とは対極に位置します。

つぎに、この3次元的な絵画空間と比較するように、平面的絵画を見ていきましょう。

3次元的な絵画空間
3次元的な絵画空間

奥行きのない絵画

この奥行きがない平面的な絵画は、古代エジプト美術の壁画です。

古代エジプト絵画『エジプトの農民』
古代エジプト絵画『エジプトの農民』

上図はエジプトの農民、労働者が描かれています。このような絵画は主に図像学で扱われ、イメージの解釈や宗教的、呪術的な意味合いなどが研究されます。

古代エジプト美術の絵画は、画面の上下左右に意味を持たせることがありますが、3次元的な絵画空間を表現する意識は感じられません。

古代エジプト美術の絵画の奥行き、絵画空間は、この図のようにフラットで、奥行きがない平面のイメージです。

奥行きのない絵画
奥行きのない平面の絵画

平面化された絵画空間

ポール・セザンヌ『アヌシー湖』の平面化された絵画空間

下図の絵画はポール・セザンヌの『アヌシー湖』です。この絵の奥行きや空間をあなたはどのように感じますか?

描かれた対象は自然の風景です。湖や山、そして建物と木々が、セザンヌ独自の構成手法で描かれています。

色彩を限定し、筆のタッチ、形態の大きさがコントロールされて、奥行きが調整されています。

その結果、絵画空間は風景ということが分かるギリギリのところまで、平面的に表現されているように感じられます。

ポール・セザンヌ『アヌシー湖』1896
ポール・セザンヌ『アヌシー湖』1896

セザンヌの絵画空間は、下図のように意識的に平面化されていて、奥行きを自由に調節することができます。

3次元的な絵画空間ではないので、限定的な空間を制作者が意図する方向へ誘導することができます。

点線は一点透視図法で描かれることを表したものではなく、箱をイメージしています。

その箱の奥には抵抗感があり、写実絵画のような無限の奥行きは感じられません。

平面化された絵画空間-図1
平面化された絵画空間-図1

アーシル・ゴーキー『The Betrothal I』の平面化された絵画空間

この絵画は、抽象表現主義やシュルレアリスムの影響を受けたアーシル・ゴーキーの『The Betrothal I』です。

描かれた色彩は統一感があり、色彩のハーモニーが感じられます。

形態からは何らかのモチーフの存在が感じられますが、具体的に何が描かれているかを断言するのは難しいと思います。

図と地が曖昧になると絵画空間は平面的になりますが、この絵は線描の太さや強弱が図と地や奥行きをつくり、深さが浅い絵画空間を感じさせています。

アーシル・ゴーキー『The Betrothal I』1947
アーシル・ゴーキー『The Betrothal I』1947

下図のようにゴーキーの絵画は、先ほどのセザンヌの絵画空間と比較して、奥行きが浅くなっていると感じられます。

平面化された絵画空間-図2
平面化された絵画空間-図2

絵画の平面性と平面化のまとめ

  • 絵画の平面化は単なる基底材の物質的な平面の維持ではなく、絵画が描かれることで変化する絵画空間の平面性を追求することである。
  • 写実的な3次元の絵画空間は無限の奥行きを感じさせるので、平面的な絵画ではない。
  • セザンヌは、現実の世界の対象から形態や色彩を分析し、解体して、再構成させる手法で絵画を描き、絵画の平面化を促進させた。
  • 現実世界の対象にある形態や色彩を自由に再構成することで、さまざまに絵画は平面化し、絵画の領域を拡げた。

以上、絵画の平面性と平面化を理解して、絵画鑑賞や絵画制作に役立ててほしいと思います。

2021年12月8日加筆

2021年3月4日執筆公開

参考サイト

  • 平面性,現代美術用語辞典ver.2.0,2021年03月03日閲覧.

参考文献

デッサンの描き方と基礎技法-目次