絵画の平面性と平面化
平面の基底材に描かれる絵画は、陰影法や遠近法を駆使することで3次元の世界が再現されました。その後、絵画は平面化されることで新しい表現の可能性を広げました。
このページの目次
絵画の平面性とは
絵画は平面に描かれる
通常、絵画は画用紙やキャンバスなどの平面である基底材に描かれています。(湾曲した面や凸凹した面も平面に置き換えて描くことができれば平面として考えてください。)
平面に描かれる絵画は図像学などにみられるように社会的、宗教的なメッセージを告げる媒体でした。
ルネッサンス期には陰影法や線遠近法を駆使することで2次元である平面に3次元の世界をリアルに表現することが可能になり、絵画の価値が更に高められました。
ルネッサンス期から写実主義や印象派に至るまで、絵画は3次元の世界を表現することに夢中でした。
しかし、絵画は現実世界をリアルに表現するだけでないことに多くのアーティストは気が付きはじめます。その契機のひとつにはカメラの発明があります。
写真では表現できない絵画の役割が明確になると、絵画で表現する対象は外界だけでなく、人間の内面や色彩や形態の抽象化など多岐にわたり、多くの表現手法が生み出されます。
そして、絵画の平面化が活発に行われるようになりますが、絵画の平面化を促進させたのが後期印象主義のセザンヌ、ゴーギャン、ゴッホです。
その中でも絵画の形態や空間処理における絵画の平面化で重要なのがセザンヌです。次の項目で簡単にセザンヌの絵画について考えてみましょう。
絵画の平面性を理解できるサイト
絵画を平面化する
セザンヌによる絵画の平面化
写実主義や印象派などの具象絵画から、絵画の平面性を強調した表現方法へ移行させた重要なアーティストがセザンヌです。”近代絵画の父”あるいは”現代絵画の父”などとも呼ばれています。
元来、絵画は社会的、宗教的な内容の伝達、物語の伝承、象徴性を表象する媒体の役割があります。また個人で楽しむ肖像画、風景画、静物画のように現実世界を再現する媒体としての役割も絵画にはあります。
しかしセザンヌはそれらの役割から絵画を切り離すように、色彩や形態、構図といった絵画の要素を重要視しました。そして対象にある色彩や形態を抽出して、それらを組み合わせるような絵画制作が行われるようになります。
絵画が形態の組み合わせや色彩の組み合わせの方法に主題が変化していくことで、絵画は3次元の世界を表現した奥行きのある絵画空間から、平面的で画面全体が均一な奥行きをもつ絵画空間へ移行していきます。
セザンヌが描いた絵画の要素
セザンヌのように線遠近法や明暗法を使用せずに絵画を描くには、遠近感や立体感、絵画空間などの絵画の構成手法を問い直す必要があります。
例えば色彩のバルールや形態の相互関係、図と地の関係などが重要な絵画の要素になります。そして、それらを構成する手法と構成されたことによって表出される構図も重要です。
ポール・セザンヌ『リンゴとオレンジのある静物』1895-1900年,オルセー美術館
上図のような絵画を描くうえでセザンヌは、物体を基本的で単純なフォルムである”円錐、円柱、球体”に整理しました。
これらのフォルムを説明するように、あらゆる角度の視点によって観察された対象が描かれます。
その結果、多視点によって描かれた対象は同じ絵画の中でさまざまな方向を向いていて、不安定に見えます。
このように対象から単純なフォルムを抽出したり、多視点によって対象を観察して描写することは、その後のキュビスムへ受け継がれていきます。
ポール・セザンヌ『大水浴図』1905年,フィラデルフィア美術館
上図では、対象を自由に配置しデフォルメが施されています。その結果、大きな三角形を形成する構図が特徴的です。
そして、図である人物や木々に対して背景は地であるのですが、見方によっては背景が図になることが確認できます。
これは、この絵画空間に錯視的な技法が施されていないので、絵画が平面的になり図と地の反転が起きていると考えられます。
このような図と地の反転における効果は、多くの現代絵画で利用されています。
図と地についての詳細は視覚の認知現象と心理学のカテゴリにある[図と地]をご覧ください。
セザンヌの絵画制作の影響
セザンヌの絵画表現のアプローチは、現代の絵画表現の多角的で多面的な可能性をはらんでいました。
セザンヌは人物や風景、静物などさまざまな対象を描いていますが、絵画を平面化するうえで対象は色彩や形態を描くための動機(きっかけ)にすぎなかったとも考えられています。
そのように対象を平面化するセザンヌの絵画制作は、先ほどお伝えしたようにキュビスムなどへ受け継がれていきます。
- キュビスム=対象の形態を解体し再構成する絵画表現
実験的な絵画を描いたセザンヌ以降の絵画の構成手法は、色彩や形態などの絵画の要素や絵具や基底材におけるマチエールが深く関わることになります。
そして現実世界にあるモチーフが絵画画面から消失していくと、絵画の要素が自律して抽象的な絵画が描かれるようになります。
平面化された絵画の奥行き
絵画が平面的であるかどうかは絵画の奥行き(絵画空間)がポイントです。
平面的な絵画は、フラットで奥行きを感じない画面から、平面的でありながら一定の奥行きを感じさせる画面までさまざまにあります。
それぞれの絵画にある奥行きの特徴を参考にして、絵画を平面化することについて考えてください。
奥行きのない絵画
奥行きがない絵画表現はエジプトの古代美術に見られる壁画などで見ることができます。
上図はエジプトの農民、労働者が描かれています。このような絵画は主に図像学で扱われ、描かれたイメージの解釈、また宗教的、呪術的な意味合いなどが研究されます。
このような古代美術に見られる絵画の特徴は奥行きがないものの画面の上下左右に意味を持たせる傾向があります。
上図のエジプト絵画の奥行き、絵画空間は下図のようにフラットで奥行きがありません。
3次元的な絵画空間
3次元の絵画空間はルネッサンス期に明暗法や線遠近法、空気遠近法などが確立されて実現します。
上図はルネッサンス期に活躍したレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』です。一点透視図法で描かれた絵画で、消失点はキリストの頭部に向かって収束しています。
更にキリストの背後に風景を覗き見ることができ、無限の奥行き、空間を感じることができます。
このように2次元の平面に3次元の世界が表現されるイリュージョンは、あたかも絵画にとっての本質、役割のようなインパクトがあります。
下図は2次元に平面に3次元の空間を描くときの画面設定の一例です。図の点線は一点透視図法として見ていただくために引いてあります。
消失点へ向かう途中にある4角形は、前後に動かすことで大きさと奥行きが調節できることを表しています。
3次元的な絵画空間は、無限の奥行きを感じさせる空間です。
注意:『最後の晩餐』の消失点の高さは画面の中央ですが、ここでは中央より下に設定しています。
平面化された絵画空間
ポール・セザンヌ『アヌシー湖』の平面化された絵画空間
下図の絵画はポール・セザンヌの絵画です。この絵の奥行きや空間をあなたはどのように感じますか?
描かれた対象は自然の風景です。湖や山、そして建物と木があることが分かります。しかし、これらの表現方法は写実的ではなく説明的な細密描写もありません。
だからといって感覚的で感情的に描かれているわけでもなく、セザンヌ独自の構成手法で描かれています。
色彩は限定され、筆のタッチ、形態の大きさがコントロールされて、奥行きが調整されています。
絵画空間は風景ということが分かるギリギリのところまで平面的に切り詰めているように感じられます。
セザンヌの絵画空間は、下図のような意識的に平面化されていて、奥行きを自由に調節することができます。
3次元的な絵画空間ではないので限定的な空間を制作者が意図する方向へ誘導することができます。
点線は一点透視図法で描かれることを表したものではなく、箱をイメージしています。
アーシル・ゴーキー『he Betrothal I』の平面化された絵画空間
抽象表現主義やシュルレアリスムの影響を受けたアーシル・ゴーキー『he Betrothal I』の絵画空間をどのように感じますか?
描かれた色彩は統一感があり、色彩のハーモニーが感じられます。形態は何らかのモチーフの存在が感じられますが、具体的に何が描かれているかを明言するのは難しいと思います。
図と地が曖昧になると絵画空間は平面的になりますが、この絵は線描の太さや強弱が図と地と奥行きをつくり絵画空間を感じさせています。
ゴーキーの絵画は下図のように、セザンヌの絵画空間と比較して奥行きが浅くなっていると感じられます。2021年3月4日執筆公開