フォーヴィズム-野獣派-色彩の統一的原理|芸術って何だ!|デッサンと言う礎

デッサンと言う礎-デッサンの基礎技法、描き方

フォーヴィズム-野獣派-色彩の統一的原理

芸術って何だ!【デッサンと言う礎】

19世紀末にナビ派のモーリス・ドニは、有名な一句を残している。
『絵画作品とは、裸婦とか、戦場の馬とかその他何らかの逸話的なものである前に、本質的に、ある一定の秩序のもとに集められた色彩によって覆われた平坦な面である。』
モーリス・ドニのこの言葉は20世紀絵画の出発点を理解するうえで重要なものであろう。
この一句には、主題には関心を持たず、「色彩によって覆われた平坦な面」として純粋に造形的存在としての絵画のあり方が、宣言されている。それは絵画のあり方において、絵画の本質である二次元性と、造形要素の自律性を確立するものであった。
しかし「色彩に覆われた平坦な面」は、ただ単に色を塗りたくって成立するものではない。画面を統一していた主題を否定した絵画は、画面を統一するあたらしい原理を求めることになる。それをモーリス・ドニは「ある一定の秩序」という言葉であらわしている。
「一定の秩序」は、ある決まりきった統一的原理ではなく、多種多様で絵画の可能性や豊饒性を保証している。20世紀絵画は多くの統一的原理によって、それに基づく新しい絵画が誕生する。そんな20世紀絵画の潮流で最初に生まれたのが色彩によって統一的原理を探求したフォーヴィズムである。

フォーヴィズムは1905年10月、パリの第三回サロン・ドートンヌの一室にてはじまる。その一室にはマティス、ヴラマンク、ドランなどの絵画が並べられていた。モーリス・ド・ヴラマンクその激しい鮮烈な色彩表現のために、当時の批評家から嘲笑に意味を込めて「フォーブ=野獣」と呼ばれることになる。
この20世紀のあたらしい統一原理であった色彩表現は、当時すぐに受け入れられるものではなかったようだ。展覧会後11月20日のルーアン新聞にマルセル・ニコルの記事が掲載されている。「ここではどんな記述も報告も批評も不可能になる。ここに展示されたものは―使った材料を除けば―絵画とは何の関係もないものであり、形を成さない青、赤、黄、緑の塗りたくりで、でたらめに並べたどぎつい色のまだら、子供がお年玉かお祭りのときにもらった”絵の具箱”を使って描いた、野蛮で単純素朴な遊びだ。彼らの芸術は―少なくともわれわれ一般大衆にとって―狂気の沙汰か冗談であるとしか見えない。」

ラウル・デュフィ「ヴァイオリンのある静物」フォーヴィズムの特徴は、色彩が本来持っている表現力を極度に歌い上げようとする美学で、いってみれば色彩それ自体の開放の革命であった。固有色や再現的な色彩をやめ、写実的役割から直接感覚に訴える色彩を表現手段とする。
フォーヴィズムの色彩表現の背景には、新印象主義の色彩理論やゴッホの内的生命を表現する色彩表現、ゴーギャンからナビ派へいたる色彩の装飾性の影響が大きい。
画面にある人物や静物は色彩表現や装飾のためにあり、絵画が統一するためには、人物や静物の固有色は無視され、描かなければいけない色彩を描く。赤なら赤の特質を表現するために、デフォルメを施し、マチエールが生まれる。それらはすべて、画家自身が持っている統一原理のもとに働き、芸術的絵画が誕生する。統一的原理をもつフォーヴィズムの絵画は見るものに説得力を持って迫ってくる。

アンリ・マティス「赤いスタジオ」フォーヴィズムは、歴史上一つのグループに形成されているが、フォーヴィズム画家は3つのグループに分けられる。
第一グループはギュスターブ・モローの弟子、アンリ・マティス(1869-1954)、アルベール・マルケ(1875-1947)、ジョルジュ・ルオー(1871-1958)、アンリ・マンギャン(1874-1943)等である。
第二グループは、セーヌ河のほとりのシャトゥーのアトリエで制作していた、モーリス・ド・ヴラマンク(1876-1958)、アンドレ・ドラン(1880-1954)の友人2人。
第三グループは、ル・アーヴルから来た、オットン・フリエス(1879-1949)、ラウル・デュフィ(1877-1953)、ジョルジュ・ブラック(1882-1963)の3人。
フォーヴィズムのなかで約束事があるわけではなく、その時代、同時期に、それぞれの画家が「色彩の統一的原理」を探求したものと考えられる。

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